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2011-04-13

東日本大震災で被災された方々を支援しよう

「東日本大震災」で被災された人々にどう支援の手を差しのべることができるのか。
ありとあらゆる組織の意味と質が問われているように思います。
私たちの小さな組合も、ささやかながら義援金を募っています。

東日本大震災で被災された方々に向けて


札幌市高教の気持ちを届けよう


=全分会で募金活動/みんなの祈りを込めて取り組もう=

 

3・11から1か月が経って……

すでに連日のメディア報道でご存知の通り、東日本大震災による被害の広がりは、いまだにその全容をつかめないほど深刻な様相を呈しています。3月11日から1か月を経た4月10日の時点で、犠牲者・行方不明者の総数は27,621人。しかも、その数は、今後も増え続けるだろうと推測されています。

さらに、津波の襲来に為す術もなく炉心融溶という最悪の事態に至ってしまった福島第一原発事故に伴う甚大な被害が加わります。放射能汚染で避難を余儀なくされている原発周辺地域では、復興どころか犠牲者・行方不明者の捜索活動さえ困難な状況が続いています。

多くの支援の輪が広がって・・・・・・

未曾有の事態を前にして、国内外から被災地支援の輪が大きく広がっています。市立高校においても、市長、教育長、市労連委員長などの連名で義援金を募る呼びかけが行われました。また、各学校においても、生徒会などが主催し、全校で募金活動が展開されています。

すでに大地震が発生してから1か月余りが経過し、すでに組合員の皆さんにおかれても、上記をはじめとする各種の募金・義援金拠出に取り組まれていることか、と思います。そのため、あえてこの時点で市高教が独自に義援金を募る必然性があるのか、という疑問をお持ちになるかもしれません。

始まったばかりの支援活動は・・・・・・

しかし、現地の状況は支援の継続を必要としています。メディアが報じるところによれば、被災地域はあまりに広大であり、そのうえ想像を絶する巨大津波が上下水道や電力、通信網などのインフラを破壊し尽くしました。行政機能も失われてしまいました。そのため復興に向けた初動の対応にすら入れない地域が多数だというのです。

そのことを思うと、支援活動は今後も粘り強く継続して取り組まれる必要があります。支援活動の本番は、いまここからスタートするといっても過言ではありません。

現地入りした先輩が語る現地の惨状は・・・・・・

過日、私たちの先輩にあたる元市高教組合員の退職者の方からお話を聞く機会がありました。彼はかかわりのあるNPOの一員として、3月20日から3月22日にかけて米1トンを被災地域の一部に届けました。彼が見聞きしたことの一部をここに載せておきます。


フェリーで秋田に上陸した。盛岡市を経由して仙台、松島の救援物資集散所や避難施設に向かった。多賀城から塩釜に入ったあたりに大きなマックスバリュのショッピングセンターがあった。巨大な建物は完璧に破壊されていた。屋上の駐車場に向かうスロープに大きなヨットが突き刺さっていた。塩釜港のヨットハーバーから流れ出したヨットの一隻だ。
 何だか奇妙な感じがした。あたりに人影はなく、物音ひとつしない。静寂という感じでもない。無音の世界というのか、現実感覚が狂ってくる感じがした。
 避難所となっている松島の学校に到着したのは薄暮の頃だった。人々はうなだれて自衛隊の給水車から給水を受けていた。給水車が放つライト以外に明かりなんてない。人々はうなだれて、押し黙ったまま、給水の順番を待ち続けていた。

被災者の多くは、一銭のお金も持たずに避難所暮らしを余儀なくされています。もっとたくさんの義援金が必要です。また、現地で支援活動を展開している多くのNPOやボランティア組織は、活動継続のための資金不足に直面しています。後方支援が必要です。そのことを思うと、私たちの支援の輪はいっそう強く、ますます大きなものでなければなりません。

助け合いから新しい私たちの社会が・・・・・・

福島第一原発事故の復旧作業は遅々として進まず、被災者の健康の確保にしても、危機的な状況が続いています。首都圏の電力不足、製造・物流拠点の操業停止、それらに伴う資材の不足……私たちの社会は大丈夫なのだろうか? 私たちの未来はどうなるのか? 不安が頭をもたげてきて、それがこの間の自粛ムードの広がりへとつながっていったのでしょう。

でも、私たちの未来はほんとうに暗いのでしょうか? わが国を代表する思想家の柄谷行人さんは、米国のウェブ新聞のサイトに「How Catastrophe Heralds a New Japan」と題した短い文章を寄せています。このなかで柄谷さんは、ご自身が体験した阪神大震災との比較を踏まえて、この度の大震災は経済大国を追い求めてきたこの国のあり方を根本的に変えていくだろう、と指摘しています。彼はエッセーの中で次のような趣旨のことを述べています。

西欧列強に肩を並べようと軍事大国の道をひた走った日本が直面した1945年の「敗戦」は、大半の日本国民にとって紛れもなく「大災害」でした。

災害に直面したとき、人々はお互いを助け合います。自然状態では「人々は狼のように争い合う」といった世界観は真実ではありません。米国の作家レベッカ・ソルニットのいう「災害ユートピア」が立ち上がるのです。
 1945
年の「瓦礫の山」を前に私たちの祖父母らは必死に助け合いました。そこで育まれた相互扶助の精神と戦争への反省が、この国に徹底した平和主義の思想をもたらしたのです。

東北から関東に至る海岸線沿いに途方もない「瓦礫の山」が連なっています。私たちの社会は第二次世界大戦直後と同じように、明らかに危機の真っ只中にあります。だからこそ、私たちは、ちょうど祖父母らがそうしたように、新しい日本、新しい私たちの社会、私たちの未来に向けて、元気を出して助け合わなければならないと思うのです。

札幌から被災地に向けて、市高教の気持ちを届けたい・・・・・・

東北沖の太平洋でマグニチュード9を超える巨大地震が起きたのは、市高教定期大会の前日でした。常日頃、私たち市高教は「市立高校という労働=教育の場における共助のための組織」と位置付けて、その大切さを確認してきました。

いま、私たち市高教の助け合いの精神は、札幌市立高校の枠を超えなければなりません。募金の額など問題ではありません。遠く東北の被災地域に向けて、私たちの気持ちを届けようではありませんか。

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