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2010-06-10

@takagengen、「日本国憲法」を語る

高橋源一郎先生の「午前0時の小説ラジオ」。「古→新」の順番で並ぶツイート群が読みにくかったので順番を逆にして貼り付けていた。
しかし、いまさらになって「高橋源一郎のTwitlog」があるはずだと気づいた。このサービスは「新→古」に順番を入れ替えることができる。これからはここを読むことにしよう。したがって、この貼り付けシリーズはこれで終わりとするか。

今回は日本憲法論。憲法前文を書き直した学生さんの文章は、「13日間で「名文」を書けるようになる方法:」に載っていたはず。

  1. 「午前0時の小説ラジオ」・「憲法を書く、小説を書く」1…最初にお断りしておきますが、今日の(だけじゃないですが)議論は少々荒っぽいです。どんな議論も、とりわけ政治に関するものは「きわめて繊細な手つき」で行うものですが、時には「だいたいこんな感じ」でやった方がいい場合もあるのです。

  2. 「憲法」2…だいたい、「憲法」みたいに、何十年も徹底的に議論されてきたものを扱う時ほどそうです。みんながミリ単位の誤差に神経を研ぎ澄ませている時に、砲身を180度、反対に向けようというんです。「だいたいあっち」ぐらいのつもりでやらなきゃ、話にならない。その点を、お許しください。

  3. 「憲法」3…さて、「憲法」に関してなにか発言をしようとする時、困ることって、何だかわかりますか? これは、あまりいわれたことがないと思いますが、おそらく、みんな、内心ではそう思っている、という類のことです。その一つ目は「怒られる」ということです。なにかを思いついて話す、とします。

  4. 「憲法」4…「憲法9条って、なんかいいよね」という。すると、「改憲」派の人は「なにもわかっとらん!」と怒る。逆に「でも、北朝鮮がこわいから、自衛隊いるような気が…」というと、「護憲」派が「そういう態度だからダメ!」と怒る。その結果、どうなるか。「善意の第三者」がいなくなるのです。

  5. 「憲法」5…「善意の第三者」とは、特に政治的確信があるわけではなく、でもなんとなくこの社会が良くなったらいいなと思う人たちです。そういう人たちが「憲法」に近づくと、どこかから「ダメ!」とか「おまえは日本人か!」といった怒声が飛んでくる。結局、彼らはこの問題に近づかなくなるのです。

  6. 「憲法」6…もう一つの問題はさらに微妙です。たとえば、ぼくは、日本国憲法はけっこういいものだと思ってます。「9条」なんか特によろしい。でも、それを説明しようとすると、いつも暗い気分になる。なぜだと思いますか? それは、この問題が半世紀以上にわたって徹底的に議論されてきたからです。

  7. 「憲法」7…言い換えると、「改憲」と「護憲」は、それぞれ、鉄人や鉄人が精密な議論を重ねてきた結果、ある意味、論理としては限界に達してしまった。だから、我々は、「憲法」についてなにかいおうとすると「どこかの偉い人が考えた精密な論理」でいうしかいない。それも、繰り返し、です。

  8. 「憲法」8…「決定している論理」を繰り返しいうとどうなるか。自分の頭で考えたわけではなく理屈を何度もいうと、どうなるかは明白です。「バカになる」しかないのです。「護憲」や「改憲」の立場を死守できるのはいいかもしれないけど、「バカになる」のはごめんだ。だから、暗くなっちゃうのです。

  9. 「憲法」9…では、どうすればいいのか。「自分の頭で考える」、これしかありません。でも、これほどまでに精緻な議論を費やしてきた分野に、「自分の頭で考える」領分が残っているだろうか。長い間ぼくを悩ませていたのは、そのことでした。そして、ぼくは、ある決定的な本に出会うことになります。

  10. 「憲法」10…それは大塚英志さんが編集した『私たちが書く憲法前文』という本です。大塚さんは、「憲法」について考えるもっとも良い方法は、それを書いてみることだ、と考え、それを実行したのです。びっくりしました。なにかについて考えてみるいちばんいい方法はそれを「外」から見るのではなく…

  11. 「憲法」11…それを「内」から見ること、つまり、「書く」ことによって、「憲法」の内側に入り込んでしまうことだ、と大塚さんは考えたのです。ぼくが大学で教えはじめたのは、ちょうどその頃でした。ぼくは「憲法」を学生たちに書かせるようになりました。それは、まったく新しい経験だったのです。

  12. 「憲法」12…では、それはどんな経験だったのか。ぼくは「日本国憲法」を書いてもらいました。「前文」やたくさんの条項を。それから日本だけではなく別の国の憲法を、時には存在しない想像上の国の、あるいは存在することが不可能な国の憲法も。そして自分たちで作り上げた憲法を材料に考えたのです。

  13. 「憲法」13…それらはすべて具体的な材料を元にした議論でした。だから、残念ながら、この小さな場所に材料を持ち込んで、説明することはできません。それは、どこか別の場所に譲りたいと思っています。けれど、一つだけ、学生諸君が書いてくれた「憲法」を紹介しておきたいと思います。

  14. 「憲法」14…それは「憲法前文」なのですが、実はオリジナルの「憲法前文」とほとんど変わっていません。でも少しだけ変わっている。それも、おかしなところが。あるいは、繊細なところが。そこにどういう意味があり、ぼくたちがどんな議論を交わしたかは、最後にお話します。では、「前文」を。

  15. 「憲法」15…「日本国憲法前文 日本国民は、正当かどうか分からないがとにかく選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の災禍が起ることのないやうに

  16. 「憲法」16…すいません。15分以上「over capacity」で繋がりませんでした。続けます。「…出来る気がするので、主権が国民に存するっぽいことを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものらしく、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者…」

  17. 「憲法」17…「…らしい人がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受するそうだ。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものっぽいと思う。われらが、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除出来たらいいなあ。日本国民は、恒久の平和をとりあえず念願し、人間相互の」

  18. 「憲法」18…「…関係を支配する崇高な理想をなんとなく自覚しとけばいいのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義とやらに信頼すれば、われらの安全と生存を保持出来るでしょうと思った。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めているらしい国際社会」

  19. 「憲法」19…「において、名誉ある地位を占められるのか分からない。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することは出来ないような気がする。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国は無視してはならないらしいの知っているけど

  20. 「憲法」20…「…政治道徳の法則は、普遍的なものなのか、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であるのかよく分からない。日本国民は、あるのかどうかよく分からない国家の名誉にかけて、この崇高な理想と目的を達成できたらいいなあと思う」

  21. 「憲法」21…ぼくは、この学生が書いた「憲法前文」に、ある意味で深い感銘を覚えました。この学生はオリジナルの「前文」を読んで、「よく出来ているし、カッコいいし、理想的だけど、わたしの言葉じゃない」と思ったのです。そして「自分で確実に理解できること」だけを選んで自分の「前文」にした

  22. 「憲法」22…それは、言い換えるなら「私」から発して「公」へ至る道を考えようとした、ということです。憲法前文というような「公」の文にしては、これはあまりに「私的」すぎるでしょうか。ぼくは、そうは思いません。少なくとも、「公」への長い道の出発点は、そこからであるべきだと思うのです。

  23. 「憲法」23…学生たちの「憲法」や「法」をめぐる思索は、自らそれを作ることを媒介することによって、驚くほど深まります。それがどのようなものであるかもまた、残念ながら、ここで紹介することはできません。けれど、その学生たちの試行を目にして、ぼくは、自分でも驚くような結論に達したのです

  24. 「憲法」24…それは、「英明な、賢明な、鉄人たちによって作られる最高の憲法」の下で生きるより、もしかしたら、それほどたいしたものではない憲法の下であっても「みんなが憲法を書いてみる習慣のある国」で生きることの方が、豊かで、価値があって、面白いかもしれない、という思いです。

  25. 「憲法」25…素晴らしい憲法の下で生きることは、素敵でしょう。でも、法律とか憲法について考えなくなる可能性が大です。問題の多い憲法の下で生きる人間は、考える材料には事欠かない。「法」とは何か。「法」によって支配される国家とは何か。それは、彼らの「思考」という筋力を鍛えるはずです。

  26. 「憲法」26…一度でも「憲法」を書いた経験のある人間は、「法」というものが「誰かが作った動かせないもの」ではなく、「どのようにでも書き得るもの」だと思うようになります。なにより、それは、いますぐ、どこでも始めることができるのです。長々と、ご静聴ありがとうございました。お終いです。

       ★              ★

「ウォーホルの芸術」は、移動時や待ち時間などに数ページずつ読み進んだ。
20世紀のアメリカを範とする後期資本主義(消費-情報資本主義)が生んだ「孤独なトリックスター」の生の軌跡。
ウォーホルは、週に何度も教会に礼拝に通う熱心なカトリック教徒だった。それからすると、彼の作品は教会のイコン(icon)と同じく、その根底において一種のアイコン(icon)と考えるのが自然だ、と著者は解釈する。なるほど。
彼をスーパーセレブにするとともに、最終的には彼とその作品を一種の「神話」にまで祭り上げたシステムに向けて、ウォーホルは「システム像」のアイコンを差し出したのだろう。
彼が見つめ続けたシステムとは、アメリカ社会、豊かな社会、大衆社会、メディア社会、高度情報資本主義……などなど、用法によって何とでも命名されるに違いない。

ヒット作「ルポ 貧困大国アメリカ 」。二匹目のどじょうが「Ⅱ」。病院のベッドで読んだはずだが、内容はほとんど覚えていない。ただ、低賃金を求めて世界をさすらグローバル資本が、ぐるりと地球を一巡してアメリカ帝国内の刑務所に「世界で最も安上がりの労働力」を見出していくあたりが記憶に残っている。
地球大に拡張された飽きなき欲望は、とうとう真正の奴隷制を要求するに至ったのか。そのあたりが印象的だったな。











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