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2007-12-13

現代日本の小説、ノルウェーの森、ニッポンの小説・・・

インフルエンザに罹って青息吐息だった同居人だが、ようやく体調が回復してきたようだ。憎まれ口にも、本来の「憎々しさ」が戻ってきた。喜ばしいことである。

たったいま、新書本を読んだ。最近の本らしい。たまたま手近にあったのでパラパラとページをめくっているうちに、最後まで読んでしまった。

著者の尾崎さんは読売新聞文化部の記者。「文芸時評」の担当者である尾崎さんが、1987年から現在に至る20年間の「ニッポンの文学」の変貌を振り返り、その変容の意味を追ったのがこの本。
簡単に内容(感想が混じっているか)をメモっておく。

  • 1987年、村上春樹「ノルウェーの森」、よしもとばなな「キッチン」、俵万智「サラダ記念日」が出て、それぞれ大ベストセラーとなった。二葉亭四迷「浮雲」からちょうど100年が経っていた。1987年は明治以来の「言文一致=文学」が終わりを迎えた年でもあるのだろう。
  • この20年を振り返ると、あらためて「村上春樹」の存在の大きさに感動してしまう。彼の作品を熱狂的に受け入れる世界中の読者たち。文字通り、村上春樹は国際化する日本文学の旗手となった。
  • パソコン、ワープロ、ネット、電子化する創作の現場。そこでは文学作品の本質にかかわる変容が生じている。
  • それは「作者以外の何者かが創作を誘導する」ような事態である。自分ではない何者かによる記述。そんな感受性が作品を支配し始めるのだ。
  • 電子化する創作の現場からは、幼いほどに若い作家たちが続々と出現してくる。若年化するブンガク。「ヤングアダルト文学」や「ケータイ文学」などといったジャンルこそ、次代の日本文学の萌芽なのだろうか。
  • 電子化する文学作品には、傾向としての「解離性同一性障害」の痕跡がくっきりと刻印される。「作者以外の何者かが創作を誘導する」のだ。こうした傾向は、多重人格的な暴力が時代の突端に突き出されるという事態ともつながっている。

尾崎さんの問題意識は、高橋源一郎さんが書き続けている「ニッポンの小説―百年の孤独」が指さす「問題群」と(当然のことながら)オーバーラップしている(いまも高橋さんは「文學界」で書いている。最近の連載分は読んでないけど)。
内容はさておき、単純に読了に要する時間で測ると、「高橋本10」に対して、「尾崎本は1」程度。短くコンパクトな尾崎さんの本は、「ブンガク」していないオレのような人間には、なかなかに役に立つ。「Good Job!!」というべきである。

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2007-12-06

疲れ、亜玖夢博士、新投資理論・・・

週末の過重労働で身体的ダメージを受ける。
もちろん、日ごろの祟りなのだが、左の首筋から肩、さらには左の背筋にかけてじんわりと痛みがある。身体の向きによっては、ぎくんぎくんと疼痛が走ることさえも。机にへばりついていただけなのにねえ・・・・・・。

そこで、昨日は早めに帰宅し、疲労回復に専念することにした。ソファの上にダラリと寝そべる。何もしないわけにもいかないので、本を読む。

  1. 亜玖夢博士の経済入門」 橘玲 著
  2. 新しい株式投資論―「合理的へそ曲がり」のすすめ (PHP新書 488)」 山崎 元 著

1は、ちょっと風変わりな大人の童話。疲労回復には最適なバカ話である。左の肩や背中に貼った湿布薬ほどの効力はないにせよ、弱った男には良い薬となった。Amazon.co.jpの紹介は、以下の通り。

「相談無料。地獄を見たら亜玖夢へ」
新宿・歌舞伎町裏の「亜玖夢コンサルタンツ」。異形の博士が学識の全てを傾け相談者の悩みを解決。ブラックユーモア溢れる一話一理論。

オレは、昔から科学解説本や小難しい理論の入門書を好んできた。
数学を大の苦手とするくせに、数学者や物理学者の伝記などは大好物なのだ。ネットワーク理論や行動ファイナンスなどの啓蒙書を読み、自分の頭が良くなったふうに勘違いするバカモノでもある。したがって、亜玖夢博士の語る「理論」とそこから始まるバカ話は、とても楽しかった。
だが、経済だの数学だのに関心のないヒトにとっては、何ともくだらないおとぎ話ではあるだろうと想像する。

ともあれ、オレにあっては橘玲さんの著作にハズレはない。今回もそれを実感した。あっさりすばやく読めるあたりも、この手の読書には最適である。

2は、数日前からちょこちょこと拾い読みしていた新書本。まとめて最後まで読み終えた。偶然にも、1とは「カネ」がらみ、「行動経済学」がらみで共通している。

投資がらみの解説本や啓蒙書を書くヒトには、大別すると2つのタイプがあるように思う。

1つは「株、買えよ」というまことに直接的なアジテーターの類。投資業界からすると、真っ向正直にアクセルの役目を果たす役回りである。
他方、「株、やってもいいけど、良いことって、そうないよ」と語りかける誠実そうなセラピスト風のオッサンやオバサンが存在する(最近はきれいなネイチャンもいる)。
投資業界からすると、大負けして傷ついた個人投資家たちを癒し、次の機会に向けて回復をはかる役目を果たす。アクセルに対するブレーキ役。「細く、長く付き合ってね」というわけである。

いうまでもなく、2の山崎元さんはブレーキ役。楽天証券で高い地位のアナリストをやっている(らしい)山崎さん。
株でやられて背中も曲がらなくなったら、「新しい投資理論」とやらの匂いでも嗅いで、湿布薬の代わりにしておくれ。そう語っているのではあるまいか。
少なくともいまのオレには、そういう本だと理解した。曲解か?

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2007-12-02

グズ、コンサ優勝、減資計画・・・

日曜日だというのに、職場のパソコンの前でコーヒーを啜っている。
仕事である。本来ならば、もっともっと早めに対処すべき事柄なのだが、グズグズと遅らせてしまい、タイムリミット寸前という状態に至っている。ヤバイのだ。

振り返るまでもなく、ガキのころからこの種の「遅延行為」を飽きもせずに繰り返してきた。そう思えば、グズな性格は「オレ」という人格の本質的な部分に直結するものとしか言いようがない。
この性格は直らない。矯正などもはや無理。となれば、信じられないほどのグズになってやる。稀代のグズ。語り継がれる伝説のグズ。最近は開き直って、そう思うようになった。

いまも当の仕事には一切着手せぬまま、こうして落書をしている。稀代のグズのなすところ、ほとんど病気である(いや、正しく病気であろう)。

ところで、昨日は札幌ドームに出向き、「コンサドーレ札幌(CONSADOLE SAPPORO OFFICIAL SITE)」のJ2優勝、J1昇格を祝ってきた。もちろん、期限の差し迫った仕事を放り投げてのことである。

緊張のせいなのか、動きが鈍く、コンパクトさを失ったままにボールを失いつづけるコンサドーレ・イレブン。だが、エースストライカーのダヴィくんが同点、勝ち越しと立て続けにゴールを奪ってくれて、何とか最終戦でJ1昇格を決めてくれた。

東京ヴェルディが引き分けたため、J2優勝も決まった。プレイヤーのみなさん、三浦監督以下スタッフのみなさん、ほんとうにご苦労さまでした。ありがとうね。

J1昇格ということになると、今度はクラブの経営状態が大きな問題になってくる。

コンサドーレ札幌、債務超過解消で減資計画…道などは難色

 サッカーJ2・コンサドーレ札幌の運営会社が債務超過解消のため、北海道や札幌市などから集めた出資金の8割を取り崩す減資による経営再建案を計画していることが30日、わかった。
 運営会社側はすでにJリーグや主要株主に再建案を提示し、近く株主総会で正式決定したい考えだが、計3億円を出資する道と市は、債務解消に公金を充てる再建案に対して「市民の理解が得られない」などと難色を示している。
 J2の札幌はシーズン3位以内がすでに確定し、2位以上を条件とするJ1への自動昇格が目前。12月1日には、今季最終節となる水戸ホーリーホック戦(札幌ドーム)を控えている。
 Jリーグは昇格の際、運営会社に債務超過の解消を求めている。しかし、チームを運営する「北海道フットボールクラブ」(HFC、資本金約25億6000万円)は2006年決算で累積債務が約27億5000万円に達し、約2億円の債務超過に陥っている。
 HFCは資本金の8割を取り崩して債務を約20億円減らしたうえで、新しい出資者を募って資本金を増やす案を作成し、11月から出資者に理解を求めていた。
 道と市は、HFCに対して出資金以外に年約1億円の補助金を供出し、さらに計10億円の貸付金もあるため、これ以上の支援は困難な状況だ。「税金をドブに捨てるようなもの」(道幹部)など、反発も根強い。
 HFCの佐藤邦興取締役は「多額の負債を抱えたままでは会社は存続できない。道と市には引き続きお願いを続けていきたい」と話している。
 Jリーグチームの運営会社では、2006年に福岡市がアビスパ福岡の求めで出資金5億円のほぼ全額減資に応じたが、同年に減資を検討していたサンフレッチェ広島は「株主に迷惑をかける」として減資は行わず、5億円を増資して経営再建を行った。 
(2007年11月30日15時45分  読売新聞)

苦節6年。ようやくのJ1昇格の後には、今度は「カネ」絡みの苦しみである。
一難去ってまた一難。コンサドーレは、悲しいほどにオレにそっくりの、それゆえにオレのためにつくられたようなクラブなのである。

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