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2005-03-14

吹雪、お婆ちゃんの肩、ニーチェの破産・・・

この週末は最低だった。吹雪に見舞われたのである。この時期になっていまさら吹雪とは・・・這いつくばるような格好で玄関先の階段に吹き溜まった雪を取り除く。椎間板ヘルニアという情けない病を抱えた男にはキツすぎる所行である。温暖の地に住まう連中の幸福を羨む。同時に北国に生きる者の悲しい定めを呪う。

最近、パソコンに向かう時間が大きく減ってしまった。このメモ帳も放り出したままである。で、何をしているのか?

結論からいうと、「何もしていない」のだ。もちろん気合いを入れて仕事をするはずがない。職場では、だらだらとロスタイムを食いつぶすことに終始する。引き分け狙いの人生だから、それで十分なのである。

逆に目もくらむようなスリリングな遊びをみつけて、そいつにはまるようなこともない。エネルギーもカネもない。何しろ引き分け狙いだから、無理に攻め上がらなくていいんだよ。

何もしないわけだから、ではひたすら眠りこけているんだろうというと、これがそうでもないんだな。年なんだね、そんなにたくさんは眠れないのだ。休日だというのに早朝からお目々パッチリで、ちょっと悲しくなるくらいだ。

で、いったい、オレは何をしているのか・・・謎である。

BBC NEWS | In Picturesにある写真をボンヤリ眺めている。こういうのは時間のつぶし方としては上質である。何よりカネがかからず、身体も頭も疲れない。

イマジネーションを喚起させる数多くの写真。短く読みやすいキャプション。基礎的かつ実際的な英語力のない人間にとって、写真を眺めながらシンプルなセンテンスを目で追うことは、茫漠とした砂漠にあって鬱蒼たる緑に陰るオアシスに逢着するのに等しい。

Week in pictures: 26 Feb-4 Mar

世界の各国・各地域から選ばれた1週間分の光景が並んでいる。現時点のアーカイブとしては最新のものがこれ。オランダ・アムステルダムの雪景色の後に、南インドの灼熱の海岸風景が続く。牛車で運ばれる新しいボートは津波で被災した漁師たちに対する復興支援の1つだという。

こうした写真をぱらぱらとランダムに眺めて、「世界はいろいろだな・・・」と感慨にふける。ホント、世界はいろいろだ。小泉首相の妄言ではないが、人生もいろいろだ。

9枚の写真の最後の1枚。右腕を不自由そうに吊り下げているお婆ちゃんが笑っている。そうそう、キャプションを読むまでもなく、このヒトこそがマーガレット・ディクソンさん。いま英国では最も名前が売れているオバアチャンかもしれない。

Guardian Unlimited | The Guardian | How Mrs Dixon's shoulder hijacked politics
The Observer | Politics | Blair admits: I know I'm an issue
BBC NEWS | Politics | Tories 'using op case as stunt'
BBC NEWS | Politics | Blair's anger at pensioner op row

他にも記事はいっぱいあって、たくさん読んだ。「マーガレット婆さん」と「彼女の肩」に関するエキスパートになった気分だ。

5月に予定されている総選挙に向けて、いま英国政界は与野党の対立が激しい。そうしたなか、保守党は政府によるNHS(National Health Service)運営の拙さを激しく攻撃している。そうした保守党のキャンペーンのシンボルになったのが肩の手術を7回延期されたというマーガレット・ディクソンさんというわけである。

昨年まで職場にいた英国人のアンチャンに訊いた限りでは、「NHSは難しいよ」ということだった。確かに医療費はタダだけど、NHSの拠点である大きな公立病院は数が少なく、ひどく混んでいるという。手術などにいたっては、いつ受けられるのか分かったものではないというのだ。でも、タダだから・・・アンチャンは最後にそう付け加えたけど。

BBC NEWS | Politics | Dixon case only the latestを読むと、過去にも今回の「マーガレットさんの肩」のようなケースがあったという。選挙に向けたいささか下品なキャンペーン合戦。そうした事例をメモしておく。

1992年、野党であった労働党がしかけた「ジェニファーの耳」騒動。5歳の女の子であるジェニファーの中耳炎手術が11か月も待たされたとキノック党首と彼の労働党はキャンペーンを盛り上げたのである。

3年前、イアン・ダンカン・スミス氏を党首とする保守党がしかけたNHSの不備を突くキャンペーン。94歳のローズ・アディスさんがロンドン北部の病院で3日間も身体も洗わずに放置されたという出来事が政治問題化した。家族による非難に保守党が乗っかって騒動となったが、労働党政権も反撃に転じて、アディスさんの家族に対するネガティブな情報(アディス家は人種差別主義者)が流れたりしたという。

そして今回の「マーガレットさんの肩」である。さすがに英国のメディアも「いいかげんにしろよ」という雰囲気ではある。だが、大衆=メディア社会の恐ろしさは「バカか、こいつらは・・・」という蔑視さえも「情報資産」として活用するあたりにある。その言説とふるまいが批判されることが、そのまま政治的価値の低下につながらないばかりか、ときには価値の増大に結びついてしまうのが高度情報資本主義=ポストモダン社会の政治なのである。

そういえば、敬愛する内田樹先生の最近の著作である「死と身体」には、ニーチェによる19世紀的な社会批評が20世紀にいたって破産を余儀なくされた理路が分かりやすく述べられていて、とても面白かった。

大衆の奴隷哲学を嫌悪し批判することで「超人」に向かう運動を構成しようとしたニーチェ。「距離のパトス」というヤツである。しかし、そうした批評戦略は、20世紀以降、完全に破綻したという。大衆=奴隷はそれぞれがニーチェのようにふるまい、「大衆=奴隷」を嫌悪し、蔑むようになったのである。大衆が大衆を蔑む社会を基盤として、ヒトラー&ナチスはニーチェ思想の戯画化をはかり、その末に人類史上未曾有の悲劇が・・・いま先進社会にニーチェ氏が甦るとしたら、「あんなこと、いわなきゃよかった・・・」というはずだと内田先生は断言している。

高度情報資本主義においては、「ニーチェ=超人化した大衆」が満ちあふれている。大衆が大衆を嫌悪し、蔑視する奇妙な光景が次々と生起している。

メディア資本=意識産業は「ニーチェ=超人化した大衆」に蔑まれる「バカらしい大衆的コンテンツ」を量産し、儲けようとする。メディア資本は「バカらしさ」や「不快さ」こそが、それがニーチェ的な意味で大衆=奴隷的であればあるほど、大衆的な「価値」をもつという逆説を十二分に熟知しているのである。

政党や政治勢力は大衆からの反発や軽蔑を受けることを織り込んで、政治的言説や政治的パフォーマンスを大胆に展開する。嫌われようが憎まれようが、何であれテンションが高いほうが勝つ。そんなふうに政治家とその背後にいる情報エキスパートたちはうそぶいている。

ちなみに、この「小さなメモ帳」もまた、21世紀の悲しい大衆=奴隷の言説の典型である。まったく取るに足らない冴えない大衆の1人が、同じように取るに足りない小さな大衆を蔑み、嘲り、嫌うという逆説がここにある・・・自覚するだけなら、サルでもできるというけれど・・・

死と身体―コミュニケーションの磁場
内田 樹
医学書院 2004-09


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