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2004-12-16

労働組合の現在、小さな組合と大きな錯覚と・・・

直前にポストした「年金詐欺のグローバル化、労働組合の現在・・・」から、何となくつながっていると理解してほしい。

さて、この国の「小さな職場」のお話である。管理職員から不当な嫌がらせを受けた職員がいたという。嫌がらせといっても取るに足らないことだ。だが、嫌がらせを語るにその大小は関係ない。嫌がらせは嫌がらせである。その小さな職場には、幸いなことに労働組合が存在する。もちろん「小さな労働組合」である。プロの活動家もいなければ、積極的に役員を引き受けようとする者などいるはずもない。組織の体裁を備えるために、毎年、四苦八苦しているような組合だ。

嫌がらせを受けた職員は、その事実を組合に伝えなかった。理由はわからない。しかし、その後も嫌がらせが続き、情報は組合役員の耳に届くところとなった。役員たちは彼に訊ねた。「どうしたんだい?」 堰を切ったように体験が語られた。そして最後に、彼は叫ぶようにこういったのである・・・

「組合は何もしてくれなかった。こんな組合だったら、組合費を払っている意味がない・・・」
高度に消費=情報化した資本主義の下で、何かが大きくずれてきている。市民的権利さえ市場化され、カネさえ払えば際限なく保障されるかのような錯覚が広がっている。カネで買えないモノやサービスはない。カネを出して買ったのだから、黙っていてもサポートを受ける権利はあるはずだ・・・そんな錯覚が広がっている。

先に示した労働組合の話を例にして、この国の住民の多くが陥っている「錯覚」の正体を解剖してみる。

市場主義的にいえば、労働組合といえども、労働基本権の保障というサービス(商品)を提供するプロバイダー(供給者)に過ぎない。サービスのプロバイダーである以上、料金(組合費)支払者には、それに見合ったサービスを受ける権利がある。もちろん、顧客(組合員)を満足させるきめ細やかなサポートもそこには含まれているはずだ。それができないような労働組合なんて意味ないじゃないか。

カネの支払いがあって、サービスの供給がある。その通りである。だが、そこには重大な「勘違い」が潜んでいる。労働組合運動を市場主義的な意味での「サービス・プロバイダー」と位置づける理解からは、自分たちが負担をシェアする運動(その1つの形態がストライキだ)という視点は生まれない。当然、執行役員を引き受けるといった面倒な負担をシェアする視点も持ち得ない。その結果、労働運動はやせ細り、資本(経営)に対する重要な対抗軸の1つを市民社会は失い、資本(経営)の横暴は極まる。リストラ、従業員の総パート化、就職できない若者の大量発生・・・知っての通りである。

(-----当然、続くことになる-----)

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